第四話 CHAPTER1、詐欺(3)

「あの……、これから、いったいどこへ……?」

 山本は、不安にくちびるゆがめながら、川嶋の顔色を伺った。

「ああ、ウチの顧問がいる場所に、お連れいたします山本先生」

「こ、顧問……?顧問って……?」

「ええ。ウチの顧問と一緒に、返済方法をこれから考えるんです。どうせあなた、返済の絵が書けるまで、家にも帰れないし、帰ったところで、ハイエナの餌食になるだけだ。あなたにはもう、帰る場所などない。今夜中に結論を出さない限り、あなたとご両親に明日はない……。ご両親を、薄汚い飯場はんばに入れるのがいやなら、なにか奇策きさくを思いつくんですね。この窮地きゅうちを脱却できる奇策を……」

 川嶋は微笑んだ。山本は、川嶋に腕を捕まれるまま叫んでいた。

「そ……! そんなの、無理です!僕にはそんなこと……!!」

「だから、顧問に会ってもらうんでしょう? 顧問の智恵を借りれば、奇策が思いつくかも知れない。うちの顧問には、それだけのカリスマ性があると、さっきから言っているでしょう。」

「い、嫌だ、行きたくない!! こ、殺さないで……!!」

 山本は、本気で泣き叫んだが、その声は駐車場に空しく反響するだけだった。川嶋は、泣き叫ぶ山本を無理やり黒塗りのベンツの後部座席に押し込むと、そのまま、自分も体を滑り込ませて、山本の隣に乗り込んだ。ベンツの運転手は先ほど山本を威嚇いかくした、茶髪の浜崎慎吾である。

 やがて静かに発進したベンツに乗せられて、山本はまるで生きた心地がしなかった。車が止まると、後部座席に浜崎慎吾が乗り込んできた。

「う、うわぁ! な、何……?!!」

 問答無用で、いきなり山本に目隠しを当てる浜崎だった。場所を特定されないためである。目隠しの上からサングラスを当てると、山本を車外へ引っ張り出した。

 浜崎に腕を引かれ、いくつか通路を渡り、エレベーターに乗せられたような感覚を受けて、怯えきった山本が着いた場所は、白を基調としたクラシカルな雰囲気の、ホテルの一室であった。

 かなり広い。高級スイートルームだ。

 照明はところどころに灯されていて、神秘的にほの暗かった。室内の右手には、バーカウンターが設置されていて、洋酒のボトルが並んだ飾り棚まで置かれている。広々とした中央のリビングにある白い革張りのソファに、30代半ばくらいの男が、長い足を組んで静かに座っていた。長く垂らされた前髪の隙間から覗く眼鏡の奥で、鋭い瞳が光っていた。

「いらっしゃい……」

 男は眼鏡の奥の、切れ長の眼を細めて、薄い唇の口角を上げ、山本に微笑んだ。男の全身から、冷血動物のように感情のない残酷さがただよっていた。それがまるで、悪魔のように感じられて、山本はみじろぎすると、思わず、一歩後ろへと後ずさった。

「待たせたな、郷原……」

 川嶋はそう言うと、男の元へと近づいていった。

「さぁ、山本先生も、どうぞこちらへ」

 川嶋が促す。しかし、そう言われても山本は、ソファの男に近づくのが、どうにも緊張してしまって、また、後ずさりしてしまった。

 しかし、その真後ろには、気の短そうな浜崎が控えていて、山本を威圧していた。

 仕方がなく山本は、ごくりと唾を飲み込んでから、大きく息をすると、そろそろと、ソファの男のほうへ向かっていった。

 眼鏡男は、彼の背後に置かれたルームランプの明かりで影が差し、なんともいえない静かな迫力を持っていた。山本は、川嶋や浜崎よりもはるかに、この男のほうがヤクザなのだということが、対峙しただけでわかって、身震いした。

 川嶋が、郷原に首を向けた。

「郷原……、こちらが、産婦人科医の山本先生だ」

 郷原は、軽く頷いて見せた。

「ああ……。話はなんとなく……。東京日の出銀行も含めて、いろんなところから都合、7億近く借りてる人でしょ? 実家のビルを担保にして。自分の病院を、開業させるつもりでね」

 自分が仕組んだことなのに、悪びれた風もなく、郷原はソファに背中をつけて足を組むと、肩をすくませて、姿勢を崩していた。

「んで、何があってあんた、こんなことになっちまったのさ? 順調に行けば今ごろ開業できて、7億の借金ぐらい、マイペースに返していける予定だったんだろ?」

「それがな、ファインメディカル、とかいう会社に、騙されたらしくてよ」

 緊張している山本の代わりに、川嶋が説明した。

「ファインメディカル?」

「ああ。アメリカに本社がある会社だ。CT装置だとか、内視鏡だとか、遠心分離機だとかをよ、作ってる会社だよ」

「ふーん……。んで、その、ファインメディカルとかって会社に、どう騙されたんだよ」

 郷原が、崩していた体勢を立て直して、山本のほうを見た。その鋭い眼差しと一瞬、視線が交錯した山本は、急に心臓がこわばった。

「先生……。顧問に、説明してやって」

「は、はぁ………」

 川嶋に促された山本は、うつむくと、途切れそうな声を出した。

「ファインメディカルを語る詐欺師、だったんだと思います。今にして思えば……。開業準備がある程度整ってきたときに、僕は、いろんな医療機器メーカーから、見積書を取り寄せました。僕は産婦人科だから、手術や分娩のために、たくさんの精密医療機器が要る……。それが計算してみると、だいたい2億5千万くらいはかかる……。だから、僕は購入するのではなくて、減価償却げんかしょうきゃくのリースを選択しました。リースなら、古くなれば下取りしてくれて、新しいものに替えられるので。医療機器というのは日進月歩ですから、そのほうが購入するよりもいいだろうと」

 山本は、自分の顔の前で手を組んで、淡々と話しつづけた。

「その中でも、ファインメディカルを名乗る男が、一番熱心だったんです。それでファインメディカルの製品を揃えることにしました。ファインの医療機器は、僕も、前に勤めていた病院で使ったことがあったから、親近感もあったし……」

「ふーん……」

 郷原は話を聞きながら、それらをすべて、手帳に書き込んでいった。占いの習慣で、人の打ち明け話は、すべて周到にメモを取る癖がついているのだ。その話に出てくる人や物、事実関係の中に、重大な秘密が引っかかってくることが多いのである。

「ところが、リース契約のために、ある信販会社が絡んできてから、様子がおかしくなっていった……」

「信販会社?」

「ええ。毎月のリース料金は、保障の問題があるから、信販会社と契約するのだと。そして、頭金をいくらか入れておくと、月々の支払いもぐっとラクになると言われて……。そのとき、僕はたまたま、5千万くらいは手元にあったんです。当面の支払いに充てるつもりのお金が……。それを頭金にしようと信販会社に振り込んだとたん、ファインメディカルの日本支社長を名乗っていた、近藤学こんどうまなぶという男が、消息不明になってしまって……」

 山本は、ここまでしゃべると、悔しそうに唇をんだ。

「その信販会社の名前は?」

 郷原は、メモを取りながら、山本に尋ねた。

「は、はい……! “トロピカル信販” だと言っていました」

「トロピカル信販……?」

 その言葉を聞いた途端、郷原の瞳が怪しく光った。川嶋も眼を細めて、郷原のほうを見る。トロピカル信販といえば、昔はテレビCMを流したりしていて、信販としては大手だ。そんな名の知れた会社が、こんなすぐにバレるような詐欺を働くだろうか。

 郷原と川嶋は、顔を見合わせてしまった。まったく、どこまで騙されやすい男なのだろうか。

「信販会社だとか、銀行、証券、保険ってのは、出資法で定められているから認可制で、開業のための審査も簡単じゃない。だからだいたいは信販なんてのは、カード会社や銀行、デパート、鉄道、重工業、メディアなんかの資本力のある大企業が、子会社として持っているケースが多い。自社製品をローンで買わせるためにな。しかし手口がかなりずさんだ。だとしたら、信用させて、カネをとにかくむしり取るために、有名信販であるトロピカルを語った、ってことだな」

 もちろん常識的に考えればそうだよな、という顔をして、山本は、郷原を見ていた。自分は、名の知れた信販会社だし、契約書もきちんとトロピカル信販のものだったから、それで信用してしまった……。有名な名前や人物に、人間がいかにコロッと騙されるか、という典型例である。今になってみれば山本自身も、まさに詐欺だ、うさん臭いと思うような近藤の手口だった。

「ちなみに、トロピカル信販だと言っていた連中だとか、近藤学の手がかりだとかってのは、何かあるのか?」

「は、はい……! これはあのときの契約書にあったトロピカル信販の電話番号と、あと、こっちは近藤が逃げる直前まで構えていた事務所の住所、電話番号です」

 山本はそう言うと、自分の携帯電話を取り出し、メモリーに残しておいたデータを見せた。見せられたそれを郷原は、自分の手帳に書き写す。

「ふーん……。トロピカル信販だと聞かされたほうは、03―××××―△△△△ね……。試しに今、鳴らしてみるか……」

 そういって、シャツの胸ポケットに突っ込んであった、自分の携帯電話を取り出すと、今、手帳に書き写した番号に、ダイヤルをプッシュした。

 2度ほどコールが鳴ると、女性の声がした。

「お電話ありがとうございます、クリームです」

「………………?」

 郷原は眉間みけんしわを寄せて、一瞬、携帯電話を耳から離したが、瞬間的に何か思いついたらしく、すぐにまた電話機を耳に当てた。

「あの、初めてなんですけど、どうしたらいいですかね」

「はい。ご利用の方ですね。それでは、受け付けのほうへ転送いたします。このままお待ちください」

 そう女性が言い終わると同時に、保留音の音楽が流れてきた。曲目は、サザンオールスターズの “愛しのエリー” である。しばらく待たされて、ガラの悪そうな、間延びした若い男の声が応答した。

「はい、受け付けでーす」

「あの、ボク、初めてなんですけど、利用するにはどうしたらいいですか?」

「はぁ……、どちらでウチを知りました?」

「紹介です。人の紹介」

「……ご紹介者様のお名前は?」

「フランシスコ・ザビエル」

「は?」

「あ、間違えた、三浦按針みうらあんじん

「…………………」

 ガチャリと、電話を叩き切る音がした。いぶかしくなって、切られたようだ。

「どうしたんだ、郷原……」

 川嶋が、郷原のほうを見つめた。

「ん~、よくわかんねぇ。 “クリーム” だって。変なの」

 山本は郷原を見つめたまま、唇を結んで、固く手を握っていた。今は深夜だ。こんな時間にマトモな会社が電話応対するはずがない。

 一度切った携帯電話を再び持ち直すと郷原は、平安ファイナンスの事務所に電話した。事務所は今、山本亮一の案件で、いつ他の業者と揉め事になるかわからないから、誰かが詰めている。案の定、電話をかけてみると、浜崎に山本ビルのことを最初に教えた、渡辺という青年が出た。その渡辺に指示を出す郷原である。

「おー……、渡辺か? 遅くまでご苦労さん。突然だけど今からいう電話番号、加入者が誰になってるか調べてみてくれる? ああそうだ。永森のところに聞けばわかる。すぐに調べてみてくれ」

 金融業者の情報網というのは、本当に恐ろしい。彼等はNTTや携帯電話会社の職員にカネをつかませ、顧客情報を盗ませる。今、郷原が言った永森という者は、銀行員だったが、借金を機に身を持ち崩し、川嶋と平安ファイナンスからさらに開業資金を借りて、返済のために携帯電話や一般電話を担保にする金融業とか、名簿屋などを営んでいた。もちろん違法なのだが、借金が原因で日陰の身になり、ヤクザに手を染める人間は多い。

 すぐに永森のところで電話番号を照会した渡辺から、連絡が来た。

「郷原先生、わかりました。この番号は、目黒にある、しらゆりテレフォンサービスという、電話応答代行業者の物のようです」

「電話応答代行、しらゆりテレフォンサービス、ね……。なるほどな。サンキュー」

「電話応答代行……?」

 川嶋が、郷原を見詰めていた。山本は、じっと青ざめたままだ。

「ああ。そんなところだろうと思ってた。詐欺師がよくやる手口だ。電話がたくさん置いてあってな。契約者の言う通りに、バイトが応答してくれるサービスだ」

 呆れた風に半笑いで、ソファに背中をつけ、郷原は長い足を組みなおした。それを前に、ますます小さくなる山本である。

「まぁ、さっきの電話応答代行から調査してみよう。ヤツらは商売だから、必ず顧客のデータは控えてあるはず。いくら詐欺師だからって、電話代行と契約する際には、何らかの痕跡は残しているだろう。そこから、山本先生をハメた連中が、手繰れるかも知れない」

 郷原はそういって、刑事のようにメモしていた手帳を閉じると、ヘネシーのグラスを煽りながら川嶋のほうを見た。

「で? 俺にどうしろと? 話を聞いた限りじゃあこの人、今、返済能力は無いわけでしょ?」

「まぁな。命がけの奇策でも思いつかない限り、この状態はくつがえらないだろうからな」

 山本は、おずおずと顔を上げた。先ほどから、奇策、という単語が、川嶋の口に上る。妙に引っかかる、その言葉……。

(奇策――。トリック――。一発大逆転のアイディア――。そんなものがあるのか? あるわけない……。想像もつかない、そんなこと………)

 山本は、自分の膝に肘を突いて、唇のところで手を組み、うつむくと考え込んだ。そのとき、川嶋の視線と、郷原の視線が交錯して、何らかの情報交換が行われたことに、山本は気づかなかった。

「それでだな、郷原……。どうだろう、この山本先生を、例の賭場とばにご案内しては」

 山本が、賭場、という言葉に、思わず顔を上げる。

(賭場……? ギャンブル?? もしかして、それが奇策……??)

 

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