CHAPTER4、ホロスコープは無効~ヴォイド~(4)

 平安ファイナンスの防犯カメラの画像は、すでにクラウド化させてあったので、浜崎慎吾が自分のノートパソコンにそれを再生した。パーティーで後ろを振り向いたときの顔と、平安ファイナンスから逃げるとき、最後に後ろを振り返ったときの顔が、犯行時には眼だし帽をかぶってはいたものの――。かなり似ている。

「ためしに、このクラウド画像をスマートフォンの顔認証アプリで重ねて見ると……。こんな感じっス」

 浜崎は、郷原に自分のスマートフォンを見せた。郷原は眼を見張った。

「顔の輪郭、唇の形、瞳の大きさ……。すべて一致している……」

「そうなんス。ビックリですよ」

「他にもこんなことして遊べるぜ? 郷原さん」

 永森が、温まったフライドチキンを皿に乗せ、運んできた。そのままパソコン画面を操作した。

「これ、今しがた、俺が作ったコラージュ。見てよ……。こうやって、防犯カメラの映像から、目出し帽だけを消すんだ……。そして取り出した眼と口を、フェイスブックの同窓会写真に重ねると……」

「……!!! 同じ顔だ!!」

 郷原は、眼を見張った。永森は更にマウスを操作して、もう一人、あかりを担いでいった男の顔からも、目出し帽を消してみせた。

「んで、こっちの男……。これは、このカリフォルニア大学の同窓会の中の、この男に似ている……」

 そう言って、コラージュをフェイスブックに重ねると――。

「!! これも、そっくり!!!」

 思わず画面に喰らい付いた。どう見ても同一人物だ。永森は半纏姿の腕を組み、さらに説明した。

「こっちの男のほうは、西正和にしまさかず、というらしい。やはり江川夏実と同じ時期に、アメリカの西海岸に留学をしていたようだ」

「もう間違いない。あかりさんをさらっていったのは、この江川夏美と、西正和だ!」

 田代が断定したが、問題は動機だ。なぜ、この女が、平安ファイナンスに忍び込んだのか? 郷原のホテルの部屋に忍び込んだ者とは、どういう関係なのか?

「それがさ……。そっちについても、かなりわかったことが……」

 田代が言いにくそうに、郷原に言った。

「実は郷ちゃんの部屋の鍵を開けたと思われる、石塚というホテルマン……。実はその石塚は、江川夏実がリーダーを務める新自由革新党と、つながりがあることが判明している」

「ええ??」

「それだけじゃない……」

 と、田代は言って、「これも見てくれ」と、郷原の前で動画を再生した。

「これは……?」

 郷原が覗き込むと、自分と思われる男と、ジーンズにラフなシャツ姿の岸本正巳とが、一緒にシュベールに入店していく姿が見えた。

「シュベールのマスターが、さっきくれた画像。商店街では防犯のため、あちこちカメラがつけられていて、シュベールの入り口も通りの反対側の電柱につけたカメラで撮影されているんだってさ」

「………………」

「この画像、参考資料としてさきほど警察に届けたけど、さっそくこの画像の男とよく似た男が、12月27日未明の、ダイヤモンドパレスホテルの入り口カメラに映っていることが判明している」

「……じゃあ、やっぱり……。岸本正巳が、石塚と結託して俺の部屋に忍び込んだ??」

 郷原が言うと、田代は「そうねぇ……」と、元刑事らしく顎に手を当てた。

「そうねぇ……。まだ断定はできないが……。刑事の話では、郷ちゃんのホテルの室内からいくつか、犯人の痕跡も見つかっていて、それの化学分析をちょうど、今やっているところだって言ってた。明日あたり、結果がわかるんじゃないかな……」

「……そう……」

 田代は、青ざめた感じの郷原の横顔を見た。

「岸本正巳ってぇのは、いったい何者なんだ?」

「………………」

 田代の質問に、郷原が口ごもっていると、黙々と別のパソコン画面を見ていた村井から声が上がった。

「た、田代さん! 今、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で、江川夏実と同窓だったという日本人留学生から、フェイスブック経由で返事がきましたよっ!」

「何?」

 全員村井のパソコン画面の前に集結した。村井の趣味は実は、カラオケとボーリングであるらしい。そのため、カラオケ大会や、ボーリング大会のメンバー集めのために、村井はフェイスブックアカウントを取得していた。浜崎はSNSなど面倒くさくてゴメンだし、永森はもっぱらロム専、田代は中年でついていけず、村井だけがフェイスブックで情報収集できたのだった。

 覗き込んで、思わず浜崎が唇をタコにした。

「……何だよこれ……。楽しそうに、女どもに囲まれてボーリングなんかやりやがって……。俺も誘えってんだよぉ~」

 浜崎は、村井のフェイスブックをのぞき込んで唇を尖らせた。村井は先ほどから、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の、日本人同窓会サークルにいる全員に、片っ端からお友達申請してみたのだ。ダメ元と思っていたが、意外にも数名がOKしてくれたので、チャットから彼らに「江川夏実と、西正和を知らないか?」と、質問を投げてみた。

 すると――。

「……明日の午後、広尾ひろおに来てください、だそうです」

「広尾?」

 思わず画面を覗き込む田代であった。村井は言った。

「どうもこの方、今は広尾で、どこかの国の大使館職員をしているみたいですね。江川夏実と西正和について、いろいろ話してもいいが、こちらは今忙しいので、広尾まで出て来れますか? って。どうします? 田代さん?」

「もちろん行く」

「わかりました」

 村井は頷くと、江川夏実を知るという、夏実と同じカリフォルニア大学ロサンゼルス校に留学していた人物に、明日、指定通り広尾に行きます、と返事をした。するとすぐに返信である。

「……明日、午後4時に、広尾の“レッドリーフ”という紅茶専門店で待っているそうですよ」

「広尾の紅茶専門店、レッドリーフ……、ね」

 田代は、手帳にメモをした。間もなくあかりが誘拐されてから3日目、12月28日になろうとしていた。明日が公官庁の仕事納めである。警察も例外ではない。たぶん刑事どもは、あまりアテにならないだろう。

「なんとか、俺たちであかりさんを見つけなければ……」

 田代のつぶやきに、郷原は拳を固くした。

 

 

 

 

**

 その頃、北山あかりは、黒い龍の背に乗って、宇宙空間を飛んでいた。

 とても大きな黒い龍――。どこが尻尾で、どこが顔なのかまったくわからないけれど、神々しい龍だった。その背にキラキラと黒光りする、ガラス質のうろこは透き通っていて、宇宙の星々が無数に輝いて見えていた。覗き込むと、まるで天の川の上をすべっているようで、あかりは爽快だった。

「うわぁ! いい気持ち!!」

 気が付くと、すぐ側に懐かしい人影……。

「楽しいね、あかり!」

 見上げると、あかりの後ろで母が笑っていた。いつの間にか龍の背中には、あかりの母も同乗していて、自分は少女のように、母の腕に包まれていた。

「お母ちゃん――」

「おーい、こっち見てあかりっ」

 振り向くと、父が手を振りながらカメラを構えていた。

「本当にかわいい。世界一の美人だ。さすがはお父ちゃんの娘だ」

 父はそう言うと、何枚も写真を撮った。あかりは女優にでもなった気分で、父にポーズを決めた。

「あかりは本当にかわいいねぇ。誰に似たのか……。将来は女優だな。お父ちゃんに歌ってくれ。おお、上手い上手い。ははは。歌手にだってなれちゃうぞ」

「そうね。あかりならなれるわ。私達のアイドルだもの」

 ……お父ちゃん……。お母ちゃんのうそつき……。

 あたし、女優になんてなれなかったよ……。
 あたし、世界一の美人じゃなかったよ……。

 あたしより才能あって、かわいい子なんか、東京にはたくさん、たーくさん……。どうして騙したの……? どうして死んじゃったの……? どうしてあたし、一人ぼっちなの……?

「うそつきっ……」

 あかりが眼を覚ますと、そこは、何もかも真っ暗な世界だった。

 一瞬、記憶の混乱……。ここは、もしかして、懐かしい福井のあの、自分の家だろうか? もしかして奇跡が起こって、時間が巻き戻っている……??

(ううん、違う……。なんだかシンナー臭い気が……。あたしの家、こんな臭いじゃなかった……。いつもお母ちゃんが作る、お味噌汁や卵焼きの匂いがして……)

 だんだん、暗闇に眼が慣れてきた。見たことのない場所だ。ぴちゃんと、冷たいものがあかりの頬を打った。

「きゃっ! 何? 水……?」

 思わず頬に触れると、何かが伝わった。水滴のよう……。

「何ここ……。どういうこと? あたし、何してんの?」

 ガバッと、跳ね起きた。寒々しい部屋――。プレハブ小屋の中――。プレハブの四角い面のうち、2面には大きな窓が嵌められていた。そのガラス越しの景色に、朽ちかけた工具類や給油口が、鉄骨の天井から油圧パイプでぶら下がっているのが見えた。そこからかすかな光……。

 目を凝らすと、それは、弱々しい月明かりだった。油圧パイプのたぐいがぶら下がっている、何かの工場みたいなトタン屋根の天井は、ところどころ穴が開いているようだ。

 ブルッと、震えてしまうくらい寒い。何もかもしんとしていた。

「きゃっ! なにこの布団! 汚いっ!」

 自分が転がされていた布団は、触れるとじっとりと冷たかった。何年も干していないような、薄汚いせんべい布団である。

 自分がいるプレハブ小屋を、眼が慣れてから改めて見回すと、あかりが寝ていた布団は大きな事務机2つに挟まれていた。その机には本やら、図面やらが積まれ、アルコールランプとか、バーナー、シリンダーなどがゴム管に結ばれてのたくっていた。棚には、薬品の瓶のようなものもたくさん置かれていた。

 床には弁当の空き容器、灰皿から溢れているタバコの吸い殻、カビの生えたペットボトル、タオルや衣類などが散乱……。

「汚い……。何この部屋……」

 あかりはプレハブの窓に手をかけて、開けようとしたが、開かない。入口もダメだった。

「誰か! いませんか?!」

 大声を出してみたが、返答は何もない。あかりは怖くなって何度も窓や入り口を、がちゃがちゃと引っ張ったり押したりしてみたが、ダメだった。

「なにここ……。どういうこと……?」

 記憶が途切れている。

「たしか、新潟のお婆ちゃんに会いにいって……。東京に戻ってきて……。郷原さんの会社に手紙を置きに行って――」

 そう……。手紙を、置きに行った。確か……。郷原さんの会社に……。そこで……。

「そうよ……。そうだわ……。何者かに襲われた……。どうして……? それから記憶がないわ……」

 あかりは青ざめて、パニックになり、もう一度プレハブ小屋の窓という窓を叩き、大声を出した。

「誰かッ!! 誰か助けてっ!! ここから出して誰かっ!! おおいっ!!」

 夢中で暴れていると、急に足が引っ張られ、体がつんのめった。

「な……、何……??」

 何かが、左足首に嵌めてある……。あかりは、愕然とした。

「や、やだっ……。何これっ! あ、足かせっ……?! て、手錠みたいなのが足にっ!!」

 あかりはパニックになり、必死に振りほどこうとしたが、カフが余計に足首に喰いこんで痛い。

「ど……、どうしよう……。あたし、監禁されているの……? 助けて、郷原さん……、りえちゃん……、お婆ちゃん……」

 思わず泣けてきて、東京で初めてできた、劇団の友達たちの名前を呼んでいた。

「助けてっ!! 純菜っ!! どんちゃんっ!! 内海くんッ!!」

 誰も答えない。しじまがしんと静まり返るばかりだ。

「嫌ぁッ!! 助けて誰かッ!! お父ちゃんっ!! お母ちゃんっ!!」

 暗闇で必死に自分の荷物を探した。黒いリュックサックが床に転がされていた。中身を慌てて確認すると、何も取られていない。郷原から借りたままの100万円、郷原の鍵、着替え、レターセット……。そして、携帯電話――。

 しかし、携帯電話は残念なことに、電池がすっかり切れていた。望みを絶たれて、あかりは余計に泣き出した。

「助けて純菜ッ!! 純菜ッ!!  誰かッ!!」

「……っさいわねッ!! 黙りなさいっ!!」

「きゃあッ!!」

 あかりが泣きわめいていると、思いっ切り鎖に繋がれた左足を引っ張られた。あかりは思わず倒れ込み、後ろを振り向いた。壁の向こうから女の声がした。

「だ……、誰……?」

 思わず、恐怖で背後をじぃっと見る。

 あかりが壁、と思っていたプレハブ小屋の奥は、よく見るとガラクタが通路を完全にふさいでいるだけで、別のスペースに繋がっていた。ガラクタの下からライトの光が向けられて、あかりの眼を撃った。思わず手をかざすあかりだった。

「なによ元気そうじゃない。ピンピンしているわ。岸本さんも心配性なんだから……」

「あ、あの……?」

 あかりは思わず四つん這いに膝を折り、ライトのほうを覗き込んだ。見知らぬ女と目が合った。

「いい? 投げるわよ? 受け取りなさい」

「え? え?」

 四角いガラクタの隙間から、女が何か投げて寄越した。受け取ると、それはコンビニのサンドイッチとコーヒー牛乳だった。

「それからこれもね」

 女がさらに、何かを投げて寄越した。

「排泄はそれにして。そこにはトイレなどないからね」

「……吸水パット?! 嫌よ、こんなものッ!!」

「なら、垂れ流すことね。言っておくけど、あたしはトイレだからと言って、あなたのためにドアを開けるほど優しくないの。じゃあ」

「あッ……!! 待ってッ!! 行かないでッ!! ここから出してよッ!!」

 かすかに見えたガラクタの向こうの隙間は、ピシャリと閉じてしまった。

「あ――」

 あたりは、真っ暗闇……。かろうじて見えるのは、穴の開いたガレージ上の天上から覗く、心細い月の光だけだった。

「た、助けてっ……。助けて郷原さんっ……。えっ、えっ、えっ……」

(そうだ――。ヤツを呼べ――。もっと強く呼び寄せろ――)

「え――?」

 あかりが声のしたほうを振り向くと、破れた工場の屋根から見える、月の光が銀色に染める夜空を、ひと筋の黒いらせんが横切っていったような気が……。

「ええ? い、今のは……」

 龍……?! 黒い龍……?!

「そういえば、気を失ってから夢を見たわ……。黒い龍があたしの側にいて……。あたしを安心させてくれた……。神々しくて、とても大きな龍だった……。顔も尻尾もわからないほど……」

 あれは――。死んだお父ちゃんとお母ちゃんが、神様と一緒に、あたしを守って……?

「……そう……ね……。まだあたし、殺されたわけじゃない……。郷原さんがきっと見つけてくれる……。天才占い師、フェアリープリンス・ゴーハラだものっ……」

 あかりは、リュックを抱き寄せると、中に入れてあった着替えを、ありったけ着込んだ。そして、金ぴかの印鑑型キーホルダーがついた郷原の鍵を、お守りのようにしっかり握りしめた。

 

 

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