第十八話 CHAPTER6、対決(2)

  池田がまだ厚生労働省で、法人担当課長をしていた頃――。

 池田の上司だった官僚が、早期定年後に天下りとして時雨製薬の役員に就任した。その上司と池田は、かなり親密であったらしい。時雨製薬に上司が籍を移してからも、ちょくちょく酒場に呼ばれては、その元上司と飲んでいた池田であった。

 あるとき、時雨製薬が治験をしている新薬の承認を、何とか早めてもらえないかと、元上司から持ちかけられた。池田は、法人担当の窓口だったから、新薬の承認の順番を早めることが出来る立場だった。ただ、企業から上げられた書類を、審議官が早く審議してくれるよう、上のほうに挟んで提出すればいいだけのことである。それだけで、報酬は5万円――。

 大きな住宅ローンを抱え、子どもたちの教育資金に四苦八苦していた、ただの公務員に過ぎない池田にとって、これ以上ないアルバイトであった。

 薬というものは、動物実験をある程度経ると、治験という名の人体実験を行う。そして、その臨床データを、厚生労働省の新薬承認審議に提出するのだ。そこで承認されて初めて、製品化が可能となるのだが、しかし、これが異常に時間がかかる。提出から2年も3年も経って、ようやく審議自体が始まるというケースも珍しくない。

 だから、各製薬メーカーはなんとか、この順番を早めてもらおうとやっきになるのだ。そんなわけで、池田のアルバイトが過熱するのは時間の問題であった。

 そんな裏稼業を始めて、1年もした頃、このことがとうとうバレてしまう。池田は当時まだ47歳という若さだったが、やんわりと退職を人事から勧められ、早期自主退職することになった。池田はノンキャリアだったから、どのみち課長職以上は望めない。官庁勤めにも飽きていた。ただ、家のローンと教育資金で悩みはてていた。

 なにか稼げる、大きな事業をやりたい――。そう思いながら地域活動や、政治的な活動などに首を突っ込んでいるうちに、里親事業をやらないか、と、厚生労働省とつながりのある、東京都の福祉事業局が持ちかけてきた。特別養子縁組に関する法令が変わるため、事業者を増やさなければならない、とのことだった。しばらくは実績がなくても、助成金が降りる。縁組自体はボランティアとして行わねばならないが、実際は、子どもをつないでもらえた夫婦と、育てられずに困っていた親からは、感謝として法外な礼金が支払われることが多く、そうした金銭を受け取ることには制限がないとのことで、稼いでいる人がある、という東京都側の説明であった。

 失業して不安だらけだった池田史郎は、その話に乗った。

 いちおうは、厚生労働省というお役所で、さまざまな知自体や施設と連絡を取り合う仕事をしていたのだ。生活のためとはいえ、これからは、役所がカバーできない子どもの人権問題を、自分が少しでも取り持ってやりたいと、そう考えた。児童相談所とのパイプも、だんだん太くなっていった。海外の戦争孤児を扱うグループとも連携を取った。たくさんの親に捨てられた子どもを、仲間とともに温かい里親家庭に渡してきた。それはウソではない。

 しかし、もらえる謝礼は思っていたほどでもなく――。活動は苦しかった。このままでは、事業の存続が危ないどころか、事業のためにせっかくローンで建てた家を、手放さなければいけなくすらなりそう――。

 そんなところまで追い込まれた池田に、ある日、1本の電話がかかってきたのである。

 それは、時雨製薬に席を移した、元上司からの電話――。

(杉並にある、杉の木坂総合病院で先日誕生した、親なしの赤ちゃんがいる。その子を引き取りたいという人がいるが、我々のような一般人では取り合ってくれない。池田くんなら、NPO活動の実績がある。その子を連れてきてもらえないか――。報酬は、300万だ――)

 さ、300万――??!! あまりの額に、池田は眼がくらんだ。

 こうして、山本亮一が勤務する病院を尋ねた池田――。

 二人は、ここで始めて知り合った。どうにか山本をごまかし、赤ん坊を手に入れると、池田は、元上司に指定された場所へ向かった。そこは、どういうわけか、都内の別の病院であった。

 そこに、元上司に連れてこられた近藤学がいた。それに、近藤の知り合いの医者たち――。赤ん坊を受け取った近藤は、すぐに赤ちゃんを医者たちに手渡した。赤ちゃんを受け取った医者たちは、そのまますぐにタオルへとくるむと、赤ん坊を隠すように通路の奥へと消えていった。

 もうこれで、自分たちの仕事は済んだという。近藤はニコリと笑って、池田に現金が入った銀行の封筒を渡すと、なぜか携帯電話のカメラで、パチリとその瞬間を写真に取った。

 池田が、衝撃の事実を知らされたのは、その日の夜のこと。今日のお礼にと、近藤と元上司に誘われて、料亭で食事をしたときのことだ。

 近藤が、いきなり切り出した。

 あの赤ん坊は死んだ。肝臓移植のために――。

 我々製薬メーカーにとっての切り札、厚生官僚出身の代議士、飯田継男の、若い愛人が産んだ子どもが、肝臓障害であと数ヶ月の命だ。一刻も早く移植手術をしなければ助からない。そのために、あの赤ちゃんから肝臓をもらったのだと――。

「それに……。こんなこと、言っていいのかどうかわからないが……」

 池田は、真っ白い張り付いた顔をして、郷原と山本が座るソファの足元にうずくまっているあかりを見た。

「そのお嬢さんが、飯田の子を産んだ……。奥さんの冬野こずえさんは、最初からそれをもらうつもりでいたらしい。ただ、さすが、大物政治家、冬野一族の者だな、と思ったのは……。やはり悪運が異常に強いのだ、あの二人は……。なんと偶然、そのお嬢さんが産んだ子どもは、肝臓に先天性の障害を持つ子どもだった。先天性胆道閉鎖症――。成人まで、生きられないことが多い病気で、助けるためには生体肝移植しかない」

「……それで、血液製剤問題で逆風だった世論を巻き返すため、本当は自分の子どもなのに、僕が取り上げた赤ちゃんとすり替えて、身寄りのない子どもを引き取った風にして、自分たち夫婦に迎え入れたと――…??」

「……証拠はなにもない……。そりゃあ、DNA鑑定などされれば、冬野こずえさんの子どもでないことはわかるだろうが――。今は三人、幸せに暮らしているんだ。お嬢ちゃんも、こずえさんにとても懐いている。もう本当の親子だよ。あかりさんだって子どもなんかいないほうが、自由でよかっただろ。みんな丸く収まっているんだ。蒸し返して不幸な人間を作る必要はないよ」

「………………」

 ふぅ、と、山本は深いため息を吐き出すと、ソファの背もたれに深く沈みこんだ。それでも、腑に落ちない気がするのは、自分が潔すぎる性格だからだろうか。思わずあかりのほうを見た。あかりはまるで、石膏の像のように固まっていた。こんな若すぎる娘でも、女は女だ。自分が産んだ子どもを気にかけないはずはないだろう。いろんな思いがこみ上げて、動けないのだろうと山本は理解した。

 結局、秘密を共有することで池田は、近藤や飯田継男、谷中信一郎らと共犯関係になってしまった。そのうえ近藤が特許を取る可能性があれば、全員カネの亡者だから余計結束は強くなる。何もかも安泰だったはずだった。近藤学が、ヒットマンに殺されたりしなければ――。

「大丈夫か? お前……。辛いなら向こう行ってろ」

 郷原が、あかりのすすり泣きに気がついて、ソファの下を見た。池田の独白を、郷原の側でじいっと聞いていたあかりは、ショッキングな事実に唇を噛み、うつむいたまま、涙をこぼしていた。

「りえちゃんは……。あたしの赤ちゃんは……。誰かを殺したせいで生きているの……??」

「………………」

 池田は、申し訳なさそうに黙っていた。あかりはしゃくりあげるほどこみ上げてきて、皆の前で泣いた。

「か、肝臓、あたしのをあげてって、何度も何度もお願いしたの……。そうしたら、ダメだって……。大人の肝臓は、小さい子どもには上げられないって……。じゃあ、りえと一緒に死ぬって言ったわ……。りえは、あたしの子だもの……。そしたら谷中さんが、それは困る……。飯田先生の奥様が、あの子を養女にすると言っているから、お前は聞き分けろって……。あ、あたし……」

(利用されたなコイツ……。薄汚い大人どもに……。バカ野郎がっ……)

 郷原は、自分の頬を押さえていた濡れタオルを、あかりに渡してやろうと手を出した。あかりの手が、その手に一瞬縋りついた。郷原は戸惑ったが、10秒くらいそのままにしてやってから、そっと手を解いた。

「あの……。あたしの娘のために、ぎ、犠牲になった子の遺体は、どうなったのですか……?」

 池田に尋ねるあかりの声は凍り付いていた。池田は申し訳無さそうにうつむいて言った。

「それは……。たぶん、弔ったりなどはしていないのでは……」

「山本先生……。中絶とかした赤ちゃんは、どうやって捨てられるの……?」

 あかりが、山本のほうへと首を向けて、涙で顔に張り付いた髪を掻き揚げた。

「それは病院にもよるよ。僕がいたところでは、摘出した腫瘍なんかと一緒に、生物汚染物質として専門業者に渡していた。良心的な病院だと、縫い合わせて、きれいにして、葬儀屋さんに手渡すこともあるけど……。そんな秘密のある遺体ならなおさら、たぶん、汚物として処理されてしまったんじゃないのかな……」

「……そんな……。その赤ちゃん、自分が生まれたことを、この世で覚えていてくれたのは、山本先生だけだったんですね……。山本先生だけが、その子が確かに生まれてきたことを、覚えていてくれた人……。そんなせいだなんて……。そんな生を犠牲にして、あたしの娘が生きているだなんて!!」

「だから、向こうへ行ってろって言っただろ? 泣くくらいなら聞くな」

 郷原は冷たく言った。それでもあかりは、郷原の側を離れない。郷原の座るソファの足元で、小さくうずくまっていた。

 郷原は、少しため息を吐いてから、優しい声をあかりに向けた。

「北山って言ったっけ……? あんた悪いけど、コンビニ行って氷と、スポーツドリンク買ってきてくれる? あと、熱さましの湿布な。んでお前、着替えとか無いだろ? ついでに買い物行って、自分の着替え買って来い」

 郷原はそう言うと、よろける体でどうにか立ち上がり、ベッドルームから自分の革財布を取ってきて、中から5万円取り出し、あかりに手渡した。

「ほれ……。釣りは要らないからな」

 そう言うと、川嶋の側に控えていた男に、顎をしゃくった。

 あかりは川嶋の部下の一人に促されると、郷原を振り返りながら、部屋を出ていった。郷原は泣きはらしたままのあかりの眼が、なぜだか、遠い昔の、自分に似ている気がした。

 どうしてだろう。占い賭博の話をあかりには、聞かれたくない――。それで買い物に出したのだ。

「さぁて……。池田理事長。我々の話はこれからですよ」

 いいながら、体を引きずって元のソファへと戻る郷原であった。平安ファイナンスから、浜崎と交代してやってきた社員の村井から、新しい眼鏡を受け取り、目元を覆い隠すようにして掛けた。

「き、きみたちの話……?」

 だいぶ緊張感がほぐれて、池田史郎はタバコを吹かしていた。しかし、そこが甘かったのかも知れない。

「おい、村井」

 郷原は、川嶋貢の隣に控えていた村井に声をかけた。

「ちゃんと全部、録音したか?」

「はい。確かに」

 村井はそう言うと、今までの会話をすべて納めたボイスレコーダーを、ジャケットの胸ポケットから取り出し、少し巻き戻して、再生スイッチを押した。そのクリアな音声を聞いて、顔が見る間に張り付く池田史郎である。

「ククク……。なかなかいい音質じゃないの。ぜーんぶ、きれいに録れてるじゃん……」

 いいながら郷原は、腕を伸ばして、村井からスティック状のデジタルボイスレコーダーを受け取った。池田の唇がわなわなと震えていた。

「だ、騙したな――!! 秘密は守る、ここだけの話だと――!!!」

 憤慨して顔が青黒く興奮する池田を、ニヤリと笑って郷原が言った。

「理事長……、そう心配しないでくださいよ。これはまぁ、保険というか、抑止力というかね。あんたがもし、我々の提案をイヤだと言うなら、これ、ネットニュースにでもプレゼントしちゃおうかなって。あとは俺たちが大騒ぎすれば、世の中の連中も、この事実を知るところになるだろうなぁ……。どうする? 寺本組は、祭りを演出することにかけては、定評があるぜ?」

「くっ、くそっ……!! そ、それは困る!! 私がしゃべったことがバレたら、何をされるか――!!」

 池田は、憤慨して立ち上がった。郷原は、口元を歪めて乾いた笑い声を出した。

「ハハハ……!! 山本先生の質問に、べらべらと勝手に答えたのはあんただろ? まぁ、そう興奮するなって。あるゲームに参加すると決心してくれるなら、この録音は返すよ」

 池田は、ハァハァと興奮で肩を上下させていたが、少し落ち着くと、また座りなおした。

「そういえば、さっきも言ってたな、あんた……。ゲームがどうとか……。いったい、なんのことだ?」

「だから言ったでしょ? 俺は占い師なんだってさ。しかも、ただの占い師じゃない……。占い賭博のコーディネーター。わかる?」

「う、占い、賭博……? 占いで、賭博……???」

「そう……。普通に占ったって、ガキのお遊びにしかなんねぇだろ? 俺はそんなの興味無いんだよ。占いってやつはな、博打ばくちに仕立てると面白れぇんだコレが。さぁ気違きちがい占星術師の郷原よ、未来を当ててみせろと、みんなこの俺に勝負を挑んでくる。今度の挑戦者は、個人資産1000億円の爺さんだ。日本政財界を、気分ひとつでコントロールできるフィクサー……。その変態爺さんを楽しませてやるために、二人の対戦者が必要でね。たまたま、山本先生という借金まみれのアホを捕まえたから、山本先生が恨む人に勝負を挑んだら、楽しい賭博ショーが完成するんじゃなかろうかとな。池田理事長にぜひ、山本先生と、俺たち寺本組の賭場で勝負してもらいたい」

「な……、なんだと……?」

 池田は思わず腰を浮かした。その眼が、白黒して落ち着き無い。タバコを持った手が固まっていた。

「あんた、素寒貧すかんぴんなんでしょ? それに針陽薬品のこと、飯田議員の秘密のことがある。しばらくは身を隠す必要があるでしょうが……。ほとぼりが冷めるまで、寺本組に身を寄せていたほうが賢明なんじゃないのか? ゲームに参加するなら、賭場の売上からちゃんと宿泊も面倒見るし、当面の生活には困らないようにしてやろう。チャイニーズギャングは恐いぜ? あいつら、たったの5万、10万でも殺しを請け負うからな」

 池田はうつむいて、タバコの灰が落ちそうなのも気づかないほど考え込んだ。

「か、賭け金は、いくらです……」

 震える声で、恐る恐る尋ねる池田であった。郷原は、山本のほうへと首を向けた。

「山本先生、いくら賭けてもらったらいいんだ?」

「そうだな、5千万……。あの5千万円さえ戻ってきたら……」

「でッ、でもっ!! じ、実はもう、あのお金は無いんですっ……!! 近藤が、どこかへ持っていってしまって……。それを賭けろと言われても……!!」

 うろたえる池田に、郷原は言った。

「そんなことないでしょ? 池田理事。三鷹にあるあんたの自宅はかなり広いし、抵当も賃借権もなにも付いてない。それを担保にカネを借りろよ。平安ファイナンスで貸し付けてやろう。五千万と言わず1億でもな。まぁ、勝てばいいんだ要は。山本に勝ちさえすれば、あんたは死の恐怖からも解放され、大きなカネも掴むことができて、家も名誉も、なにも失わなくて済む。さぁ、どうする……?」

 郷原と川嶋が、目配めくばせしあい、揃って池田史郎を見据えた。その視線に、動揺で眼をしばたたかせる池田だった。

「僕も、池田理事と勝負してみたい……。いいや、僕にとってはリハビリなんだこれは……。自分から甘えを捨てるために、死ぬほどの限界を僕は、味わってみたい……。もうあんたも僕も、後戻りできないところまで来てしまった。今更何も、失うものなんかない……。こうなったら、命を賭けてぜんぶ逆転させるか、このままゆるゆると死を待つかしかない。僕はそんなのイヤだ。命がけで戦って、死ぬときも、生きるときも、自分の決断で進みたいんだ!」

 山本の眼に、ゆらめく狂気の炎が灯っていた。その迫力に気圧されたのと、行き場のない、後のない自分の身の上、そして弱みを握られた圧力で池田は、もはや自分には断るという選択肢は、あり得ないのだとわかっていた。

「う、うっ……。わかった………。山本くんと戦おう……。しかし、山本くんは私に、何を賭ける……? キミも現金を賭けたまえ……! 私だってカネはたくさん欲しい。それが偽らざる本音だ!」

「ならば、互いの破滅を賭けて、1億ではどうだ……。あんたは1億、僕は最初に取られた五千万と、さらに五千万……。それでトータル1億。あんたが勝てば、僕は命を代償に五千万円支払おう。いいだろ? 川嶋さん……。どうせ僕はもう、平安ファイナンスに骨も皮も、みんな吸われる定めだ。僕の一生を担保にしてくださいよ」

 山本の眼が、熱い感情でたぎっていた。今までにないくらい、攻撃的な眼の光であった。自分は負けるはずがないと言い聞かせ、信じるしかないような、ギリギリの強がり――。

 川嶋はその眼を見据えると、唇の端を歪めて頷いた。

「ふざけるなっ! 私が1億賭けるのだから、お前も1億の現金を用意しろっ!」

 池田は立ち上がって、卒倒しそうなくらいの激しい口調で言った。これが正体――。これが池田の本当の、たましいごとの姿……。

「フフフ……! ありがとう郷原さん。郷原さんのお陰で、僕は人間の醜い本性を知ることが出来た。これがやっぱり、あんたの正体なんだっ! やっぱりあんたは、格好いいこと言って、偽善者ぶったカネの亡者だ……! ハハハ……!!誰がその手に乗るかっ! お前、自分の立場をわきまえろっ! 僕らに会話を全部録音されたことを忘れるんじゃない! お前は1億、僕は5千万だ!! お前に選択の余地はないぞ池田!!」

「クッ………! くそぅっ……!! 飲み込めないっ!! 飲み込めないがしかしっ……!! わ、わかった……! その録音をぶちまけられるよりはマシだ……! 承服するっ! 郷原と言ったな……。賭博をすることを承諾したぞっ……! 録音を返せ!」

「ああ……。もういいよ……。これで賭博は成立した。すぐに第三者の立会いのもと、賭博のための誓約書にサインを……。それが済んだら、ボイスレコーダーごとあんたにくれてやる」

 ソファに両足を乗せ、上半身裸の郷原は、眼鏡の奥から覗く怪しい瞳を光らせて、池田に口角を上げてみせた。池田と山本の間に、緊張感の火花が散った。

 川嶋は狡猾な眼で、不敵に口元を歪めると、唇から白い煙を吐き出しながら山本を見た。

「フフ……。いいだろう山本先生……。5千万、貸そうじゃないか。負けたらせいぜい寺本組のために、架空の診断書製造機になってもらおう」

 それぞれの顔に、ふてぶてしさが色濃く刻まれる。男は、野蛮な生き物――。賭博は、男の戦闘本能を掻き立てる行為――。山本の顔は歪んでいた。ガラスの繊細さを、必死で隠そうとして――。

「では、これで話がまとまったな。今から “デスティニー” へ、運命という名が冠された賭場へ、山本先生と池田さんをご案内しよう。賭けの調印式と、ゲームの説明だ。村井、すぐに用意しろっ!」

「はいっ!」

 川嶋貢が、部下の村井に命じた。村井はさっそく、デスティニーの店長、城乃内という男に連絡を取った。そこから迎えの人間を来させるのだ。

 

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