第三十一話 CHAPTER10、占い結果(3)

 郷原は、夜のネオンの中を、ひたすら走った。赤坂から、六本木を目指して――。
六本木通りへと続く道は、今夜は渋滞している。タクシーを利用して、足止めを食っているうちに、取り返しのつかないことになったら――!!

 そう思うと、居ても立ってもいられなくて、ひたすら走っていった。自分の占いを、外すために――。自分の敗北と引き換えに、山本を止めるために――。死ぬために郷原はひた走る。夜の中を……。

 郷原の後をついてきた浜崎と川嶋は、思いがけない郷原の足の速さに、驚いていた。息を切らせる浜崎。川嶋は早々に見切りをつけて、タクシーに手を上げた。浜崎も、それに一緒に乗っていくことにした。

 ひた走る郷原。縫合したばかりの肩の傷が、徐々に再び広がって、血が滲み始めている。

(だめだっ!! 早まってはだめだっ!! 山本っ……!!)

 郷原は夢中で、祈った。

 

 

 

 **

 その頃、デスティニーは、第四ラウンドの後半。相変わらず、逃げつづける原口である。

「くそっ!! 何が、八百長をしようだっ!! 笑わせるなっ!! こんなものとすり替えやがってクソ医者っ……!」

 リング上を逃げ惑いながら、山本に向かって唾を吐く原口である。

 しかし、試合が始まってから山本は、一度も打撃を橋爪に、指示しないままだった。観客からは次第に、ブーイングの声である。

「おいっ! ヤブ医者っ! いい加減、橋爪に打たせろっ!! 俺らはもう一度、現役の頃みたいな橋爪のストレートが見たいんだよっ!」

「ふざけんなっ! 負けろっ! 橋爪っ!! 原口にいくら賭けたと思ってんだっ!!」

 いろんな声が、リングに向かって浴びせ掛けられる。橋爪は、殴打してもいいという指示が与えられないので、原口をロープへと追い込んでは下がり、また追い込んでは下がるということを繰り返していた。

(……ったくっ! いつまでこんな鬼ごっこをさせるつもりだ、山本っ……! パンチを3発も打てばこんなガキ、簡単に沈められるものをっ……!!)

 ここでゴング――。原口と、橋爪はそれぞれ、コーナーへ下がる。

 コーナーへ着くなり、橋爪は声を荒げた。

「おいあんた、どういうつもりだっ!! さっきはさっきで、八百長をしようなんて持ちかけておいて、俺になんの指示も出さないじゃないか! 俺の体力だって、限界がある……。いくらあんな小僧、わけないとはいえ、こうも鬼ごっこが続けば、追い詰めるばかりの俺のほうが消耗する! 次は2、3発打たせろっ! いいな!!」

 橋爪は、山本に怒鳴っていたが、山本は淡々と、橋爪にミネラルウォーターを渡すだけだった。

 チラリと、相手サイドを見る橋爪――。池田が、原口の獲物を、持ち替えさせている。とうとう最後の武器、50㎝の長ドスを手にすることにした、原口・池田陣営であった。本気なのだ――。

 橋爪は、マズいなという気分になってきた。原口は、案外足が良いのだ。むしろ、追い詰めらることで、体力を消耗しないで済んでいる。逆に橋爪は、追い込んでは下がるの繰り返しだから、2倍以上消耗するのだ。このまま、こんな風に疲れさせられてしまえば、きっとスキが生まれて、7年前の東洋太平洋チャンピオンといえども、ひょっとするとど素人に、刺し殺されてしまうかも知れない。

(もしかして――)

 橋爪は、思った。

(もしかして、この男……。さっき、原口と池田のところに出かけていって、まさか3人で、この俺をハメようという作戦を練ったんじゃ……)

 疑惑に揺れる、橋爪の心。それを見透かすように、山本が、あと10秒で第五ラウンドの開始というタイミングで、橋爪に満面の笑顔を見せた。

「だいじょうぶ、橋爪さん……。僕がきっとみんなを、怪我ひとつさせずに、家族の元へと帰す。お金はもしかしたら、もらえないかも知れないけど、無事に帰れて働けるなら、またきっと貯められるよ……。やっぱり、カネのために命を犠牲にするなんて、間違ってる。僕は……」

 その山本のつぶやきを、橋爪はケッと吐き捨てた。

「これだから、お坊ちゃんの相手はイヤだったんだ……。いいから、お前は次こそパンチボタンを押せ。1回でもいい。とにかく俺に打たせろ。今度打撃ボタンを押さなかったら、俺はお前の命令など無視するからな!」

「………………」

 山本は、橋爪の言葉を、悲しそうな目で聞くだけだった。

 そして、第五ラウンドのゴング――。やはり山本は、パンチ許可ボタンを押そうとしない。お客たちは、そんな山本に罵声を浴びせ掛けた。反対に、50㎝の獲物を持った原口は、リーチが長くなったぶん、今までよりも平気で突きかかってくる。橋爪は、交わすのも、だんだんしんどくなってきた。

 ラウンド開始から、10秒――。30秒――。1分――。1分30秒――。

 また、鬼ごっこのまま、第五ラウンドが終わるのか……?誰もが試合が動かない苛立ちを感じていた、そのときだ。

 山本の反対側に控えていた池田の眼に、キラリと輝く、銀色の閃光――。

 あ――。あれは――。すり替えられた短刀、じゃないのか??なぜ山本が今、手にしている……??

 池田は、目の前の山本の行動が読めなくて、ただそう思った。

 山本は、フリースをたくし上げて、薄いシャツの上から指で、胸の骨の位置を探るような仕草をしている。まるで、メスを入れる部分を見極めているかのように――。次の瞬間、山本は位置を確認すると、短刀の切っ先を胸骨の隙間に当てて、刃先にのしかかるようにして、思い切り突き立てた。なんの躊躇もなく――。

 池田が見たのは、なんともあっけない光景であった。そのとき、原口の必殺の突きは、吹き出た山本の血に一瞬、視界が奪われて、橋爪のわき腹を掠めただけで空を切った。

 あ――。誰かが、罵声の中で静かに、指を差す。その隣近所が、なんとなく、その指の先を見る。その視線が連鎖していって、3秒後には、その場にいた全員の眼が、一点に注がれた。

 そこには、スローモーションのように崩れ落ちる、山本亮一の姿――。血の花びらが、山本のフリースをたちまち赤く彩ってゆく。

 夢のように鮮やかな、静かな光景だった。全員が思わず息を呑む。女性客が、大きな悲鳴を上げていた。

「山本っ―――!!!」

 その時だ。絶叫が、観客たちの背後から響いた。駆け寄る人影――。見物人を突き飛ばすように、踊り出た長身の男。郷原悟であった。郷原は、すぐに山本を抱き起こした。

「お前っ!! お前、どこまでバカなんだお前はっ!! こんなクズどもを助けるために、自分が犠牲になるなんてっ……!!」

 郷原に抱きかかえられた山本は、薄っすらと微笑んでいた。とても満足げな眼の色を浮かべて――。両手が、自分の胸に、短刀を突き立てていた。その手は、溢れる鮮血で、べっとりと染まっていた。

「すぐに医者をっ……!! 誰か、救急車をっ!!」

 郷原は叫んだ。城乃内貴章が、バーカウンターから近づいてくる。

「バカが……。自分から命を、どぶに捨てやがって……」

 郷原は、涙が流れるままに、城乃内に懇願していた。

「城乃内さんっ…! 頼むっ……! すぐに救急車をっ……!! 救急車を呼んでくれっ……!!」

 城乃内は、山本を抱いて泣き崩れる郷原の前に、しゃがみ込んだ。

「そりゃあだめだ、郷原……。ここは違法ゲームバー……。救急車なんか呼んでみろ……。大事になって、組にも本家にも迷惑をかけることになる……。こいつが勝手に自害したんだ。放っておけ」

「……!!!」

 郷原は、城乃内を睨めつけると、ありったけの声で怒鳴った。

「だっ、誰か、誰か手を貸してくれっ! 山本をすぐ病院へっ!!」

 躊躇している、観客たち……。みんなが、思いがけない状況に、固まったままだった。

「郷原先生っ!」

 そこへ、浜崎慎吾と、川嶋貢が到着した。すぐに山本の元へと駆け寄る二人。山本はすでに、うめくように苦しがり、口からごぼごぼと血を吐いている。

「マズい……。すぐに病院へ運ぼう! 試合は中止だっ! いいな城乃内!」

 川嶋が、城乃内を怒鳴る。

「川嶋の若旦那がそういうなら……。おい、今日の試合は、原口たちの不戦勝だ」

「え~!!」

 ブーイングが、ホール全体を包んだ。

「うるさい! セコンドがこれじゃあ、試合は終わりだっ! おい、手を貸してやれ」

「はいっ!」

 すぐに店内にいた黒服が、物置から担架を持ってきて、山本を乗せた。

「しっかりしろっ!山本っ!!」

 郷原が先頭に立って、山本の担架を担ぐ。浜崎と川嶋も、持ち上げるのを手伝った。そのとき、郷原の腕の傷は、再びぱっくりと開いてしまって、トレンチコートをじっとりと血でぬらしたが、郷原はそんなことも気づかないまま、渾身の力を筋肉に伝えて、山本を持ち上げた。そして、外へ出るための扉へ……。

 扉を開けた瞬間、時間差でデスティニーへと駆けつけた、志垣智成と眼が合った。

「な………! なんとっ……!!」

 扉の向こうから現れた、血まみれの山本――。そして、獣のようなおぞましい憎悪で、自分を睨めつける郷原――。

「なんとっ!! なんとっ……!!」

 志垣は、あまりの的中に、思わず足元がよろけた。そして唇を、肩を、指先を、足元をすべてガタガタと震わせて、心底怯えたように、志垣智成は郷原悟をののしった。

「あ、悪魔だっ……。お前は、悪魔だ郷原っ……!」

「………………」

「お、お前は、ひ、人でないっ!! お前は何者だっ!郷原……!! よ、妖怪っ! ば、ばけもの……。ばけものだっ……。お前は、人の姿をした化け物だ郷原――!!」

「うるさい、どけっ!!」

 郷原は、志垣を突き飛ばして、山本の担架を担ぎ、階段を駆け上がっていった。

「わ、わははっ!! あ、悪魔……。あの男は悪魔!! グ、グフフフ!! 人の姿をしたおぞましい、化け物っ!! 化け物っ!!」

「だ、大丈夫ですか、御大っ!」

 涎を垂れ流して、郷原の消え行く後ろ姿を指差す志垣を、御付きの部下が支える。

「あ、悪魔……。だがしかし、欲しい……。たまらなく欲しい、あの男の予言の力……。この志垣の力を、磐石なものにするために……。この国に、私の仏国土を実現させるために……。フフフ……。欲しいっ! 郷原がっ……! 郷原の、予言の力がっ!!」

「し、志垣さん……」

 寺本は、狂える志垣を、御付きの男とともに、見つめるしかできなかった。

 

 

 

**

 手術室の赤いランプ――。山本亮一の命――。

 助かるかどうか、わからない……。手術に取り掛かる外科医が、手術室に消える前、冷たくそう言った。

 山本の血圧は、失血のショックと無呼吸で著しく下がり、生命活動はぎりぎりのところまで弱まっていた。意識もない。限りなく死に近づいた、生――。

 山本が、自分の胸に突き刺した短刀は、正確には心臓を貫いておらず、肺にめり込んでおり、そこに大量の血液が溜まって呼吸が出来なくて、なんとも苦しい自殺方法だということだった。まるで溺死するのと同じような状態だという。

 医者のくせに、自分の心臓の位置が、わからなかったのだろうか? 

 いいや……。これが運なのだ……。これこそが、運なのだ……。事件が起ってみるまでは、それがどうなるのか、誰にもわからない……。心臓を一突きしたつもりが、少し逸れて、肺に命中してしまったこと、おかげで即死には至らなかったことこそが、神の与えたもうた山本の、運――。そこまでは、どんな占いも、ぜったいに読めはしない。運に人間が干渉することなど、あり得ない……。

 生きろ………。生きてくれ山本………。

 郷原は、山本が手術室へと担ぎ込まれるのを見届けると、そのままよろよろと、病院の待合ロビーのほうへ、無意識のまま歩いていた。肩から染み出してくる、山本が手術した銃創から溢れ出した血液が、中指を伝って、ポタポタと、廊下に水玉模様を作っていった。

 そして、味気ない長椅子の上に、座り込んだ。こんな出会い方でなければ、きっと山本を、いい奴だと思えたのに――。

 俺は……。俺は、化け物………。関わる者すべてを飲み込み、死の淵に追いやる化け物……。俺は……。

 夜も更けた病院のロビーで一人、闇を見つめる郷原の耳に、冷たい靴音が近づいてくる。

 コトリ、コトリ、コトリ、コトリ……。4つの、靴音……。

 靴音たちは、郷原の手前3メートルくらいのところで止まった。そこから、老人がひとり、更に踏み出した。

「フフフ……。この手術が無事に終了しなければ、さっそく腕の切断式ですよ、郷原さん。ククク……。いいですね?」

「………………」

 うつむいて、何も聞こえない風に、下を向いたままの郷原は泣いていた。

「フフ……。神をも恐れぬ化け物の分際で、涙を流すとは……。滑稽です。クク……」

 志垣の言葉も虚ろなほど、郷原の心は壊れていた。

「郷原……」

 川嶋が、郷原の隣に座って、その肩を叩く。それでも郷原は、闇を見つめたままだった。

 男たちは薄暗いロビーでじっと、山本の命の答えが出るのを、静かに待った。賭博のため――。ゲームのためだけに――。

 やがて、白衣に着替えた医者が、郷原たちの元へとやってきた。どうやら、山本の処置を終えたらしい。身を乗り出すように、川嶋は容態を尋ねた。。

「せ、先生っ……! や、山本はっ……!」

「まぁ、命だけはどうにか……」

「な、なんとっ!!」

 志垣が、すっとんきょうな声を上げる。

「命はどうにか、取り留めましたがしかし、回復するかどうか……。脳波や脈拍が、かなり弱まっています。今夜を乗り切れるかどうかでしょう。ところで、あの人の家族は……?」

「………今夜は、来られないと……。今、遠いところにいるもので」

 川嶋が、うつむいて答えた。

「そうですか。今夜はこのまま集中治療室です。意識が戻るかどうかは、なんとも……。万が一のことも考えて、お身内の方に連絡してあげてください。では……」

 医者はそれだけ言うと、ロビーの奥の暗闇へと消えていった。川嶋が、志垣を見やる。

「志垣会長……。今回の賭けは、どう考えても会長の負けです。郷原の占いは、完膚なきまでに的中したんだ。どうか郷原に、約束通り賭け金を払ってやってください」

「ふむ……。いいでしょう。今回は、完全に私の負けだ。しかし、寺本さん、川嶋さん」

「え………?」

 小切手にサインをしながら、志垣智成が、寺本厳と川嶋貢に、視線を向ける。

「あなた方は、いつまでこんな賭博に、この男を使うつもりで?」

「そ、それは……」

「この男は、こんなことに飼い殺す男ではない」

「…………………」

 川嶋が、口ごもる。寺本も、腕を組んで黙り込んだ。

 志垣はうつむいたままの郷原の背中に、声を浴びせていった。

「郷原さん、あなたは、こんな世界にいるべき人間ではない……。あなたは、あなたの力を生かせる世界に行くべきだ」

 ずっと虚ろだった郷原が、志垣の言葉に顔を上げる。

「俺の力を、生かせる世界………?」

「そう……。あなたは、絶望している……。未来など読めたところで、誰も助けられない自分に……。人を陥れ、死の淵に追い込むしかできない自分に……」

「う、うう………」

 郷原は、うめいた。

 志垣は妖怪だった。どこまでが演技で、どこまでが本気なのか、わからない男だと川嶋は思った。さきほどまで酔って上機嫌そうだったのに、今はまるで、判決を下す裁判官のようだ。

「本当はあなた、助けたいのです……。か弱き人を……。貧困者を……。女や子どもや、喘ぎ苦しむ労働者たちを……。そうじゃないんですか? 郷原さん……。あなたは本当は、貧者のためにこそ、命を賭けたい人なのではないのですか?」

「うっ………」

 耳を塞ぐ。唇を噛む。郷原の体中が震えて、はらはらと涙の雫が、床にこぼれていった。

「そうやって、政治家や金持ちの保身だけを占わされるのか……? どいつもこいつも、俺を利用するだけ利用して、占いが済めば人間とも思わないくせに!! 俺の悲しみや苦しみなど、誰も想像しないくせに! 占い師のことなんて、誰も人間だと考えていないっ!! それでも、そんな世界で生きろと?! この先も、ずっと一生利用されて、利用するくせにバカにされて、踏みにじられて生きろと?!」

 わめく郷原。静まり返った病院の、暗く、冷たいロビーに、その声が響く。まるで、舞台の上の独白のように――。

 志垣は、舞台上手で黄金の錫を持ち、君臨する全能の神役のように、郷原に残酷な宣告をした。

「何を寝ぼけたことを……。占い師など、人間でなくて当然です。占いは、一方的に人間を規定する。星座や、カードや、相などというバカげたもので……。その時点で人間を、人間として扱っていない占い師……。占い理論の前では、人間は単なる記号に成り下がる……。人間を人間として扱わぬことを生業とするものが、他人から人間として扱われないからといって、なにをいきどおることがあるでしょう。当然の因果応報じゃないですか。フフフ……」

「っつ………!!」

 子どものように震えている郷原の肩を抱いて、川嶋が懇願するように志垣を見上げた。

「し、志垣さん、今は……。今はもう、これ以上郷原を、揺さぶらないでやってください……。自分自身の占いで、誰より傷ついているのは郷原だ……。でも、こいつはこんな風にしか、生きられないのです、今は……」

「姉、ですか」

 志垣が、核心を突いた。

「な、なぜ、それを……?」

 郷原の背中を抱きながら、川嶋が、思わず眼を見開く。

「郷原深雪……。もう何年もホスピスに入ったままの、郷原さんの姉……。病院の白い壁しか知らない、かわいそうな姉……。10代の頃から入退院を繰り返していた姉の治療費のために、中卒の弟は、ウソで固めた占い師になって、博打を繰り返し、心身をぼろぼろにしてゆく……。悲しい悲しい、親に見捨てられた姉弟……。手っ取り早くカネを稼ぐには、占い師ぐらいしか手段がなかった弟……。ククク……。美しい話です、実に……。フフフ……、ハハハハ!」

 志垣は、ロビー中に響き渡るような声で笑い声を立てた。

「まぁ、いいでしょう。しかし、断言しますが郷原さん……。あなたの力はいずれ、欲深い政財界の人間に注目されるようになる……。わかりませんか……?あなたは、その気になれば、この国の王にすらなれるのだということを……」

 闇に怯える子どものように、震える目をして、志垣を見つめる郷原。王という言葉……。いつも、占い師だ、詐欺師だと嘲笑され、バカにされてきた自分が、王……? 王、だって……?

「そうです。あなたは、天上の悪徳を操る王、闇の太陽にさえなれる男……。いつか、支配してやりなさい、その占いの力で……。あなたがた姉弟を踏みにじった、世間の者どもを……。憎くて仕方のない、カネ持ちたちを……。政治家を、財界人を、この国のすべてを……。フフフ……。ハーッハッハッハ……!!」

「う、うぅっ……!!」

 郷原は喘ぎ、たまらず、川嶋に縋りついた。父親に助けを乞う、少年のように――。

 志垣智成は、それだけ言うと、約束通り都合2億の小切手を切って、そのまま病院から去っていった。いつか、あなたは闇の王となる日が来る――。そんな呪いの予言を、郷原に残して……。

 

 

☜1ページ前へ戻る

☞次ページへ進む

小説TOPへ戻る

酒井日香の占星術小説はここから

続編・予言者Ⅱはこちら