第十二話 CHAPTER4、罠(2)

 カウンターの上の水割りグラスの中で、大きな氷がくるりと揺れた。自分以外にお客のいない店内。妙に静かだった。

 カウンターの奥では、十数年来の愛人である久子が、川嶋のために惣菜を作っている。その顔を、水割りを飲みながら時折見つめる川嶋は、久子を本当にいい女だな、と思っていたのだった。

「いつも済まないな、久子……。忙しくてなかなか、家にも帰ってやれなくて」

 それを聞いた久子は、菜箸で鍋をかき混ぜながら言った。

「なに言ってるの。お家賃だけ入れてくれればそれでいいわよ。あんたなんか帰ってこなくったって、ちっとも困らないわ。きなこもいるし」

「きなこ?」

 川嶋が、タバコに火をつけてつぶやいた。

「もうっ! 昨日、郷ちゃんのことでメールしたとき、一緒に書いてあったでしょ。犬飼い始めたって。トイプードルよ。薄茶の毛色だから、きなこって名前にしたの。この間ねぇ、郷ちゃんが買ってきちゃった犬なのよぉ」

「郷原が?」

 川嶋の口元から、ぷかりと煙が漏れた。久子は出来たてのイカと里芋の煮っ転がしを川嶋の前に置くと、自分もグラスを持ってカウンターのほうへ出てきてから、内夫の隣へ腰掛けた。

「この間、郷ちゃんとデパートに行ったの。深雪ちゃんのものを買いに。そしたら、そこのペット売り場に、すごくかわいい犬が居てさ。うわ~かわいい~! って、ついはしゃいだら、次の日買ってきちゃったのよぉ、いきなり……。先月も、うちのテレビが壊れたって言ったら、52型の8K対応テレビが送られてきたばっか。ホント、あの子の金銭感覚ってどうなってるのかしら……」

「郷原にとって、お前は母親代わりだからなぁ。お前だけだ、郷原を叱れるのは……。俺はダメさ。あいつを叱るなどなかなかな。利害関係である以上、あいつの気持ちを逆撫ですることも多い」

 久子は、優しい眼を川嶋に向けていた。子どもに恵まれなかった久子にとって、少年の頃から何くれと無く世話を焼いた郷原悟は、弟のような、息子のような存在なのである。

「でも、ダメよもう……。あの子もいい大人だもの。昔みたいに、お母さん代わりで叱ったりなんて、今はもう出来ない……。郷ちゃん、寂しいんじゃないかしら本当は……」

「寂しい……? あの郷原がぁ……?」

 久子の言葉に、眼を丸くする川嶋だった。

「郷ちゃんのあの、酒の飲み方よ。アル中ぶりに最近、どんどん拍車がかかっちゃって……。こないだなんか、この店で郷ちゃん、いきなり札束を取り出して、他のお客さんに無理やり手渡してたの。もちろん止めたけど……。どうも、エリートさんが嫌いみたいでね。たまに一流企業の人なんかが、三次会の流れでこの店に来たりすると、絡んじゃって大変。お前らに俺の気持ちはわからないとか何とか。お前らより俺のほうが、カネを持ってるとかさ。占い師だと思って馬鹿にすんなとか。とにかくそんな調子で、あたしもときどき困るのよ」

 久子は、真剣な眼差しで川嶋を見つめていた。川嶋は、思い当たることがあるのか、手元のグラスに視線を落とした。

「占い師だと思って馬鹿にするな――、か……」

 川嶋の眼が、細くなった。思い出した何かを振り払うように、それから一気にグラスを飲み干した。

 久子が、里芋の煮っころがしを箸で突付きながらつぶやいた。

「ねぇ、郷ちゃんには、恋人みたいな相手はいないの?」

「あー……?」

「恋人でもいてくれれば、もうちょっと楽しくお酒を飲んでくれるんじゃないかしら。ねぇ、あなたはそういう話、聞いてない?」

 久子が言いながら、川嶋の酒のおかわりを作っていると、急に、川嶋の携帯電話が鳴り出した。

「なんだ……。こんな時間に……」

 チッと舌打ちして、面倒くさそうにその電話に出る川嶋だった。

 挨拶もそこそこに、電話の相手からの報告を受けた川嶋の顔は、見る間に険しくなっていった。

「郷原が、さらわれただと……?!」

 思わず気が動転して、言葉が口を突いて出てしまった。すぐにしまった!と気づいて、スマホの口もとを押さえ、久子のほうを目の端に見る川嶋であった。

 久子はすぐに、尋常ならざる様子に気がついて、眼を剥くと、眉をひそめて川嶋のほうに釘付けになっていた。

 川嶋は、郷原が誘拐されたと連絡をつけてきた、郷原のエージェント、田代英明に向かって、小声を出した。

「田代、すぐにかけ直す……。いったん切るぞ」

 そういうと川嶋は電話を切り、店の外へと出て行こうとした。その背中に声をかける久子だった。

「郷ちゃん、なにかあったの……??」

 川嶋は、動揺に肩を上下させながら、久子のほうを向いた。

 久子は、なにも知らない。郷原の占い賭博のことも――。川嶋の仕事の詳細も、なにも――。

「ねぇ!! 郷ちゃん、どうしたの?何があったの――??」

 久子は、涙目だった。

「何でもない……。ちょっと電話してくる。お前はここに居ろ」

「ちょ、ちょっと!」

 川嶋は、久子に構うヒマもなく、すぐに店の外へと出て、少し離れた物陰から田代に電話を折り返した。久子は自分もすぐにドアの陰から、4、5メートル離れた道で話している川嶋の背中を見つめた。久子の耳に、川嶋の怒声が聞こえてきた。

「バカ野朗……! とにかくすぐに探せ!! 山本は?!」

 川嶋の背中は、何度か大きく盛り上がって呼吸をしていた。動揺を少しでも抑えようと、必死で息をしているのが久子にはわかった。

 また、怒鳴り声……。

「山本は、うちの債務者だぞ?! それを連れ出すだなんて、何を考えているんだ郷原はっ……!!」

 相手の間合いで、また一瞬の沈黙ののち、川嶋が反問した。

「アホぅ! 郷原が自分でいた不始末だろうがッ……!寺本にゃあ関係ねぇ……! とにかく探せ! 何かあったら俺にすぐ知らせろ! いいな田代!!」

 そういうと、川嶋は、携帯電話を切った。振り向いたドアの陰で、心配で曇った顔が張り付いている久子に向かって、その眼を見ずに川嶋は言った。

「なんでもない……。ちょっとトラブっただけだ……。お前は心配するな久子……」

「ねぇ、郷ちゃんはいったい、何をして稼いでいるの……? ただの下っ端組員じゃないわよね? あなたは郷ちゃんに、何をさせているの……?」

 川嶋は答えずに、店の中へと入っていった。ここでは通行人の人目もある。久子に泣かれるとバツが悪い。カウンターの上のタバコを取ると、苛立ったように穂先に火をつける川嶋だった。

「郷原は別に、ちゃんと働いているさ。ヤクザのシノギが泥くさいのは、お前にだってわかるだろ久子……。郷原は大丈夫だ。お前はとにかく心配するな」

 そういう川嶋に、久子は悲鳴のように喰ってかかった。郷原のことで、どれだけ辛い気持ちになっているか、郷原も川嶋も、まるでわかっていないことが、久子には我慢ならなかったのだ。

「心配するわよ!! いつも深雪ちゃんの介護してるあたしの身にもなってよ! 郷ちゃんも郷ちゃんだわ!! カネさえやれば放っておいていいと思っちゃって!」

 川嶋は、黙ってタバコをくゆらせた。何も言えない……。信じるしかない……。郷原が無事なのを……。

「ことが落ち着くまで、深雪ちゃんには黙ってろよ久子……」

 久子は、唇を噛み締めていた。

「大丈夫だ。あいつのことだから……。自力でなんとかできる男さ」

「……深雪ちゃんには黙ってろなんて、何が起ってるのかわからないものあたし……。何にも言いようがないわよ……」

 涙が溢れそうになったが、それを水割りで流し込んだ。

(いつもそうだ……。男なんてみんなそう……。ロクなもんじゃないわ。面倒なことは全部女にやらせて、自分勝手なことばかり……。今だってあたしが、どんな気持ちで、深雪ちゃんの介護をしているか知りもしないで……)

 久子は、苦しい病床でたったひとり、世界中の孤独という孤独を一身に背負いながらも、明るく健気に、郷原のことだけを案じている深雪のことを思った。

「ねぇ……。郷ちゃんに、本当に恋人はいないの?」

「………?」

「あたしじゃあ、ダメよ……。あたしじゃああの子を引き止めるの、無理だわ。恋人でもいてくれたら、郷ちゃんのことはぜんぶその人に任せられるのに……。あたしもう、あの子の面倒見るの、疲れたわ……」

 川嶋は、泣きそうな久子の肩を抱いた。

(郷原……! とにかく無事に戻って来い……! 無事に……!)

 二人は、身を寄せ合って天に祈った。

 

 

**

「ダメだ……。寺本組は動いてくれない。俺たちだけでなんとか、郷ちゃんを探すしかない……」

 がらんとしたコンビニの駐車場に車を停めて、3人は慌てていた。

「そんな!! こういうときのためのさかずきなんじゃないんスか!!」

 浜崎が、苛立ったような声を上げた。

「………………」

 田代は、ステアリングに突っ伏していた。

 そのときだ。田代の携帯電話が鳴った。慌ててそれに出る。

「おう、俺だ」

「か、川嶋さんですか?! す、すみませんっ! 俺がついていながら、郷ちゃんをっ……!」

「いい。とにかく探せ。寺本にドジが知れたら、郷原の出世に関わる。あとあとのことを考えると、親父や本家の耳に、このことは入れたくねぇ……。だからなんとか、お前らだけで郷原を探すんだ。俺に協力できることは、やれるだけやる。あいつは俺の弟だからな。お前、元はマル暴の刑事だろ? 捜査に関してはプロじゃねぇか。どうにか手がかりを見つけてこい。いいな」

「う、うわ、わかりましたっ!!」

 電話が切れた。

「手がかりって……。そうは言ってもな~……」

 田代は、ステアリングに額をぶつけながら、思案を必死でめぐらせた。不意に、バックミラーに映る山本の顔が見えた。

「そういえば山本先生……」

「え……?」

「山本先生は連中に、心当たりないのかい?」

 浜崎が、後部座席で小さくうつむいている山本に首を向けた。

「そういえばあんた、さっき、あの男に妙なこと言われてたよな……。なんだお前か、とか何とか。向こうはあんたを知ってるみたいな口ぶりだったじゃないか」

 田代もそれを聞きながら、山本のほうを向いた。

「郷ちゃんは、池田という男に目星をつけているようだった。このことに、その池田が絡んでいるということはないのかい?」

「そ、それは……」

 山本は、青ざめて、唇を震わせた。

「こんな状況だ。隠さないで全部、話してくれないか先生……」

「あんたを騙した人間かも知れないんだろ? けっきょくその池田ってのは……。かばうことなんかなにもないじゃん。なのに、なんで言えない?」

 山本はうつむいて、拳を膝の上で固くするだけだった。その様子を田代は、バックミラー越しに見つめていた。

「なぁ……。池田さんって、昔は厚生労働省のお役人だった人なんだろ? お医者さんってぇのは、やっぱ厚生省の偉いお役人さんと、付き合ったりすることはあるのかい?」

「はぁ……。病院長とか、局長クラスになると、そういう付き合いもあるでしょうけど……。僕はただの勤務医だったから別に……」

「じゃあ、池田さんとはどうして知り合った?」

 山本は、黙りこくった。

「なんだよ、言えないことなのかい?」

 田代が迫ったが山本は、能面のうめんのように真っ白な顔をして、虚ろな表情だった。苛立った浜崎が、山本の体を揺すった。

「なんだよ、ぜったいなんか知ってるこいつ!言えよコラ……!」

 山本の胸倉を掴む浜崎であった。

「…………っていた」

「あ………?」

 蚊の鳴くようなか細い声で、山本がつぶやいた。

「困っていたんです、最初は……」

 田代は、運転席から身を乗り出した。そして、浜崎の山本を掴む手を離させた。

「困っていた? 何を……?」

「あ、赤ちゃん………」

「赤ちゃん………?」

「ええ……。ぼ、僕はあのとき、分娩中に母親が死んでしまった子どもを抱えていて……。身寄りも引き取り手もいない赤ちゃんに、職員みんなで弱っていた……。だから、児童相談所に連絡したんです……。どうにか、その子を引き取ってもらえないかって……」

「それは、何年前の話?」

「たぶん、3年ほど……。3年くらい……」

 田代は優しく続きを促した。山本は無表情だった。しかし、むしろそれが、溢れそうな感情に蓋をしている証拠だと、田代にはわかった。山本は淡々と続けた。

「児童相談所に連絡したら、どういうわけか、その子の血液型を教えて欲しい、と言われました……。血液型なんて聞いてどうするのだろうと思ったし、新生児は母親の血液型の影響を受けるから、判定が微妙なんです。それでもいい、とにかく教えろと」

「それで?」

「その子の血液型は、O型だった……。死んだ母親はA型……。だから、その赤ちゃんは間違いなくA型かO型なんですが、それを報告した直後、すぐになぜか、NPO法人で里親斡旋をしているという人が、現れたんです……。それが池田史郎いけだしろうさん……。児童相談所からの報告を受けてやって来たんだと……。なんでも、ある金持ちが、養子を欲しいと言っていて、僕がそのとき困っていた赤ちゃんを、とても欲しがっていると」

「あるお金持ち――??」

 田代は、眉間にしわを寄せていた。

「ええ……。名前も職業も言えないということでした。僕はその子のために、出生証明書を書こうとした。そうしたら院長が、それは向こうでやるからいいと言う。とにかくすぐに赤ちゃんを連れていきます、という話で……。院長も、看護士たちも、それに関してなにも言わなかった。僕は、不思議に思いながらも、池田さんが元厚労省の役人だというので、信用してしまったんです。物腰もとても紳士的な人だし、なにより、池田さんの里親協会は、非営利団体で、あくまでも子どもの人権保護が目的なんだということでしたから……。以来、引き取り手のない赤ちゃんや、母親が育てられないという子どもを、何人か池田理事に託してしまった……。自分が忙しくて、そこまで手が回らないのを言い訳にして、池田さんに渡してしまった……」

 山本は、自分の膝の上に肩を落して、そして、泣いていた。田代は黙って見つめていた。

「……疑うようになったのは、過去の書類を見つけた時です……」

「過去の書類……?」

「ええ……。病院に分院が出来たので、事務機能の一部を移転することになって……。事務長がいろんな書類を片付けるのを、僕は非番の日に手伝っていた。そうしたら、過去にこの病院で提出した出生証明や、死亡診断書の控えの束が出てきたんです。僕はなんだか興味があって、パラパラとめくっていた……。そうしたら、3年前のところに、僕が池田理事に託したはずのあの子の死亡診断書があったんです。しかもその日付は、病院から連れ出された日だった」

 田代は、眼を剥いた。

「死亡診断書?」

「ええ……。死亡診断書は、一定期間、病院で控えを保管しておく義務がある。僕が書いたものじゃない……。筆跡は、病院長のものだった……。院長を問い詰めたら、知らないの一点張り……。僕はもともと、院長とは上手く行っていなかったから、以来、そのことで余計にうとましがられるようになって……」

「それで、病院を辞めたわけ」

 山本は、小さく首を振った。

「いいえ……。理由は、それだけじゃあありません……。死亡診断書が出されたあの子の、死んだことになっていた日付で、ある移植手術が、病院長の先輩のところで、行われたんです」

「………??」

 田代と浜崎は、揃って顔を見合わせていた。

「生体間肝移植……。医療従事者用の新聞があるのですが、それに生体間移植の実施された一覧が毎月載るんです。その新聞に載っていた日付と、ドナーの血液型、おおよその体重、性別、どれをとっても、僕が取り上げたあの赤ちゃんに違いないと思いました。まさか、死にかかったお金持ちの子を助けるために、あの子を犠牲にしたんじゃないかって……。それで、恐くなって、病院からも、池田理事からも、離れたくなって……。今まで池田理事に、なにも知らずに、何人か赤ちゃんを託してしまったから……。その子たちがどうなったかなんて、ちゃんと想像すると恐かった……。そんなことない、池田理事はいい人だと、自分に言い聞かせなければ、とても恐ろしかった……」

 山本は、完全に泣いていた。

「でもさぁ、なんつうか、他人の臓器なわけだろ? そんなの移植すると、拒否反応とかさ、そういうのってどうなの? 前からすげー不思議だったんだよ」

 浜崎が、タバコを吹かしながら言った。

「サイクロスポリンA……」

「………?」

「サイクロスポリンAという、免疫抑制剤……。この薬が、1980年代に普及し始めて、世界中で人身売買事件は異常なほど増えているんです。この薬があるお陰で、赤の他人からの肝臓や腎臓移植が可能になった……。おおざっぱに言えば、ABO式の血液型さえ一致すれば、あとはこの薬でどうにか適合するんです。もっとも、一度移植手術を受けたら、一生その薬を飲み続けなければなりませんが……。しかし、細密な型の一致が求められる骨髄移植などと違い、適応能力の強い肝臓・腎臓の移植は、かなり自由度が高い。そう考えると、あのとき、あの子の血液型を聞かれたのも、なんとなくわかる……。池田さんがまさか、そんなことを……」

「……なるほどな……。事情はだいたいわかったけど、でも、郷ちゃんが攫われた手がかりにはなぁ……」

 田代は頭を掻いた。浜崎がタバコの吸殻を窓の外に投げて、つぶやいた。

「そういえばあいつ……、変なこと言ってなかった?」

「変なこと?」

「ああ。山本センセェも聞いただろ? あのとき、便所の入り口で俺らを待ち伏せていた男、 “なんだ、勘違いか” って、そう、口走っていた気がする……」

「言ってた……。そういえば……」

 山本は、ずっと胸につかえていた秘密を吐露とろして、すっきりしたのか、少し柔らかい顔になって、自分の涙をフリースの袖口そでぐちで拭うと、浜崎を見た。

「勘違い……? なにを勘違いしたんだ??」

「うーん……。田代さん、元刑事じゃないっスか。こういうとき、推理小説みたいにズバッと思いつかないんスか」

「あのなぁ……。そうそう都合よく行くかよぉ~……。なんか手がかりとかなぁ~……。手がかり……」

 10秒ほど考え込む田だったが、頭が混乱していて何も浮かばない。まずは神経を落ち着かせようと、ひとまずタバコを吹かすことにした。山本もジーンズのポケットを探っていた。ニコチン中毒患者の行動パターンは同じだ。ヤニ中は気持ちが焦ると、なぜかタバコをふかす習性がある。

 その山本が、不意にあ、と、小さくつぶやいた。

「そういえば僕は、こんなもの持ってた……」

 山本のポケットにあったのは、桂川興産の2枚のチラシだった。ホテルで郷原に渡されたとき、なんとなくそのまま持っていたのだ。

「これ……、手がかりになりませんか」

 そういって、田代に2枚のチラシを手渡す山本。

「これは………。そういえばあのときのチラシ……」

「なに? なに? それ」

 田代の手元を覗き込む浜崎。1枚は出張ヘルスコンパニオン、もう1枚は司法書士のものだった。

「ん~……、司法書士……??」

 

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